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カメラマンという呼び名


撮影を生業とする人のことを日本では「カメラマン」と呼んだり「フォトグラファー」や「写真家」と呼んだりします。同業の者の名乗り方としてもこの3つを微妙に使い分ける方がいらっしゃるので案外気を使います。後者の方がどことなく高尚な感じ。

それを嫌って「撮る人」「写真屋」などと名刺に擦っておられる方もいます。

ご年配連の中にはあえて「キャメラマン」と呼ぶ方々もいらして、「カメラマン」とはまた違った趣を感じることもあります。この場合、「キャメラマン」が映画やドラマを創る世界の人、「カメラマン」は写真週刊誌の記者というようなイメージではないでしょうか。

自分としてはどのように呼ばれても構わないのですが、雑多で俗っぽい日本風の「カメラマン」という呼び名。これが嫌いじゃないです。

理由は「道具と私」ということを端的に表しているから。

話は20数年前の学生時代に遡ります。

私はオートバイが好きでした。

落ちこぼれ意識が強くて気の晴れない時代でしたが、バイクに乗れば心は軽くなりました。

旅をしている時は余計にそうでしたし、普段は立ち寄らない場所へ行き、普段なら話さない人とも話ができました。

学生時代のバイクツーリングの集大成としてメキシコのバハカリフォルニアを走りました。

アドベンチャーレースの舞台としても有名なサボテンの荒野の道。

ロサンゼルスのリトルトーキョーで買った中古バイクの調子がとても悪くて、途中何度も修理のためにストップを余儀なくされた苦い思い出のはずなのに、交わした会話は覚えています。

「どこから来た?」

日本です

「一人でか?」

そうです

「どこまで行く?」

中南米を行けるところまで行きたい

「このMOTOでか?」

そうです

「ムーチョス!」

多分、この時のムーチョスは感嘆詞のような「大変だな!やるな!すげーな!無謀!バカか!勇敢だな!」が入り混じった興奮のニュアンスだったんだと思います。

知らない国のガソリンスタンドのおじさんに投げかけられたこんなひと言がなんだか嬉しかった。普段の自分には言われようもないことです。

その時、はたと思いました。

ひょっとしてこの「オートバイと私」という姿がいいのだろうか???


子供のころに見た仮面ライダー。1号、2号、V3ときて、4番目が異色。

体のほとんどが生身で顔が半分見えていてその名を「ライダーマン」といった。昭和ライダーの中ではダントツに弱い。マシンは市販のバイク。しかし、彼の真価は肉体の弱さを頭脳・機転・勇気で覆す点と、生身の人間としてヒーロー仮面ライダーたちと並び立つからこそ、皆の理解者となり得る点にあった。バイクで旅する自分という姿に名前をつけるなら、束の間の今まさにライダーマン。


とはいえ、職業レーサーならまだしもライダーマンじゃ飯が食えないよなぁ。

大幅に端折りますが、ですからカメラマンになりました。

「道具と私」という状態が自分をどこか遠いところに連れて行ってくれるという閃きは、あながち間違いではなかったと思っています。

写真の絵は友人でイラストレーターの上坂じゅりこさんが4年前の展示会で描いてくださったもの。ユニークな視点と筆致が好きです。



※2020年、加筆修正しました

バハカリフォルニアをホンダのモンキー125で走る二人組の動画。長尺だけどワクワクさせられっぱなし。目指すゴールはあの頃の自分と同じ港町ラパス。胸が熱くなりました。




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